大根おろし
「母さん何食べる?」
「大根おろし。」
兄が運転する車の中で、母は弾んだように答えた。母の通院の帰り、どこかしらのお店に寄るのがいつものコースだった。
大根おろし?なんのこと?と1人浮いたような気持ちでいると、住宅街のなかにある見慣れないお店についた。
駐車場は数台。
扉を開けるとちょっとしたスペースがあり、暖簾をくぐって右手をみるとテーブル席とお座敷があるのがわかる。
その割合は6:4といったところで、外観からの見た目よりは広めのお店。
お座席に座ると私はメニューを開いた。
定食が多く、どれも美味しそうだった。
当時は何組かのお客さんがいて少し賑わっていた。
私はとにかく母の言う「大根おろし」が気になってしょうがなかったので母と同じメニューを頼んだ。
兄はたくさん食べる方だったので、ヒレカツ定食の3個あたりだったように思う。
頼んでから数分、頼んでいたものが目の前に。
中央にはキャベツの千切りと共にカツが見えないほどの大根おろしが見えるのが印象的だ。
左下にはごはん、右下には味噌汁がある。
そしてサイドにはピクルスや煮物、ちょっとした副菜がついていた。
当時母は入れ歯を使って食べていた。
そんな母でも食べれるほどのカツの柔らかさだった。
さらに上に乗った大根おろしが食べやすさを助長した。
何回も行ったというわけではないが、母のトンカツを満足そうに頬張る顔が今でも忘れられない。
母は何回ここのとんかつを食べたのだろう?
この話を父は知らなかった。
母の満足そうな顔を父は知らない。
知らない、ということはないのかもしれないが、ここのトンカツを父は食べたことがなかった。
いつか、食べに行ける日はくるのだろうか?