punimaruko157のブログ

主に急逝してしまった兄の話。

2019-01-01から1年間の記事一覧

車のシート

「寒くなったいなぁ。」 父はそう言って兄が乗っていた車に乗り込む。 「急に寒くなったよね。」 私はそういうと、シートの暖房にスイッチを入れた。 「この車ね、シートがあったかくできるの。あったかくなった?」 「うん。いくらかな。」 私はさらに父に…

あの日のこと

平成30年3月15日深夜1時45分頃、私の兄は交通事故で息を引き取った。 私はその前日、シンガーソングライターのLOVEさんのライブをみに渋谷にいた。 http://lovesings.jp/ LOVEさんを知ってからもう10年は経っている。今でも大好きなアーティストの…

コンビニコーヒー

punimaruko157.hatenablog.com 私は、20代の前半の頃、コンビニでバイトをしていたことがあった。 当時車がなかったので、夕勤や土曜日の出勤の時、たまに迎えに来てもらうように兄に頼んだことが数回あった。 確か土曜日の出勤の時だった。 兄が迎えに来…

はんぶんこ

うちの父親は、鳶職をしていた。 鳶というのは、家の基礎を作る仕事、と父親が言っていた。 実際に父が働く姿を見たことがなかったので、説明がぼんやりなのがちょっと申し訳ない。 たまに、建前だ(上棟式ともいう)と言って、オードブル(父はおり、と言っ…

ビニール傘

私は、いつものように父親をお風呂に連れていった。 迎えに行くちょうどその時、雨が降っていた。 父のところにちゃんとした傘がないことを思い出した私は、家にあった割と新品のビニール傘を車に積んだ。 お風呂に入り、いつものところでごはんを食べ、送っ…

おじいちゃん

私が小学校低学年の頃、父親のほうのおじいちゃんが亡くなった。 葬儀には何人来たのだろうか。幼心にもかなりの方がいたように思う。 おじいちゃんは、亡くなるまでずっと一人暮らしだった。誰かが面倒をみていた、というのは特別なかったように思う。 ボケ…

カセットテープ

今ではもうCDの売り上げも落ち込んできていて、(詳しくは 一般社団法人 日本レコード協会のサイトをご覧ください。) 私が敬愛するドリカムさんもCDとして作品を残すのはあなたとトゥラッタッタ♪(ご存知朝ドラまんぷくの主題歌)が最後になるかも、なんて…

わさび

ここのところ、よくご馳走になることがある。 先日は、ウイスキーを飲んでいる方と一緒に飲んだ。 私は、ハイボールにして頂いた。 乾杯する時、「思い出のハイボール。」と私が言ったら、「どんな思い出があるの?」と聞いてくださった。 「お兄ちゃんがよ…

夢を見た、その後

夢をみました|punimaruko|note 先日、こんな夢を見た。 寝起きも何だかすごくモヤモヤしていたのを覚えている。 それは、怒りにも似た感情だった。ずっと、「バカヤロー」と唱えている自分がいた。 なので、その場ですぐに携帯から、noteに書いた。 父とお…

誕生日というトラウマ

兄が亡くなり、母が亡くなった。 各書類を書くにあたり、誕生日を記入する。 その時に私は父に思わず言ってしまった一言があった。 「誕生日もわからないの?」 私の家族は、風習的なものは一切やらない、と母親から言われた。私はそうやって育った。 人とは…

嘘?本当?

父とコミュニケーションをするとき、何度も同じことを聞かないと、その答えにたどり着かないことがよくある。 自分の都合のいいように答えるというか。 前にしてみた同じ質問をもう一度聞いてみるとまた違った答えが返ってくる。 これは父のような老人だけで…

難民の日

6月20日。世界難民の日ということを知っているでしょうか? パレスチナのガザ。行く先々でおもてなしをして下さった。生活は厳しく、停電が続く中、それでも僕らのために何かをと出してくれた冷たい炭酸ジュース。こんなに美しいものかと、胸がいっぱいに…

直売所

母が入院していた病院がある地域に、農産物直売所がある。 新鮮な野菜を見ると料理したい欲が増しますw この近所に、いつも私たち家族が立ち寄る馴染みのお蕎麦やさんがある。 retty.me こちらのサイトを参照してみていただきたいのだが、店内には有名人のサ…

兄が突然いなくなった。 会いに行こうとしていたその日に。 半年が過ぎるか過ぎないかくらいだったろうか。 父親がこんな事を言った。 「夢にでてきたん。」 「おやじ、いるかー?って玄関から入ってきた。」 「嘘、夢に出てきたの?」 1年が経とうとしてい…

「空」といえば、 私が敬愛するドリカムさんの歌、「空を読む」という曲がある。ライブでもよくやる名曲でもある。 http://j-lyric.net/artist/a000618/l0041ab.html なんとも切ない気持ちになる曲だ。 「思い通りになんていかない 愛したい人には伝わらない…

焼きそば

焼きそば、というと、ソース焼きそばを思い浮かべることが多いかもしれない。 あの「ペヤング」の工場は私の住む群馬県にある。 また、焼きそばは私も母親から作り方を教わった料理の一つでもある。 野菜をたっぷり炒めて、麺を入れた後にその炒めた野菜をの…

「空」と言えば「車」という文字を連想した。駐車場の「空車」を思い出した。 #空 といえば。#空車 がでてきました。#このPは #きれいじゃない#Pは好きですか 車といえばガソリンを入れないといけない。 兄は、近所にあるスタンドを利用していた。私は兄の車…

名札

保育園や幼稚園、または小学校に上がるときなど、持ち物には「名札」をつけることがある。 または、上履きなど直に名前を書くことがある。体育着や給食セット、教科書、ノート。 思えば母が私の持ち物に名前を書いてくれた。 母は統合失調症という思い精神病…

うどん屋

私の実家の道路を挟んで向かい側に、昔から馴染みのあるうどん屋さんがある。 暖簾をくぐって扉を開けるとテーブル席が二つに、左側にはお座敷二席、テレビや雑誌も置いてある。その奥にもお座席があって夏のお祭り時期や年末などはたくさんの人で賑わう。 …

お母さんへ

punimaruko157.hatenablog.com 今年も母の日がやってくる。 母の日どころか春を待たずして母は亡くなってしまった。 今頃兄と一緒にいるかな?どうかな? でも、ちょっとびっくりさせちゃったかもしれないよね。ごめんねお母さん。 お母さん、お兄ちゃんは?…

ピーマン

私は平成31年2月22日、毎日新聞本社にて、「私たちにもできる政治参加『#子育て政策聞いてみよう』」というイベントに足を運びました。 これは、未来の子育て全国ネットワーク(miraco)というチームが、毎日新聞社、株式会社GARDENと共に主催したイベ…

コインランドリー

ある雨の日だった。 私はたまった洗濯物をどうしようと困っていた。 コンビニも閉店してしまう田舎町。 その代わりにコインランドリーが増えていることに気づいた。 そのほかにアパートもまた、増えていた。 私は近所にあるコインランドリーに向かった。 コ…

がんばり続ける

2018年の2月のある日だった。夕方の5時を過ぎていただろうか。 兄から一本の電話がきた。普段、LINEでのやり取りが主だったので、これは緊急を要すると思いすぐに電話にでた。 「母が危ない。」との連絡だった。 当時相模原市に住んでいた私はすぐに実家が…

幸せ、とは

生前母親はこんなことを言っていた。 「お父さんとは結婚したくなかった。」 精神病を抱えていた母、当初それを知らなかった父。 母の死後、私と一緒に住みたいと言い出す父。まぁそうなりますよね。実は兄が亡くなった時もそう言っていて。 父は家に残って…

誕生日

4月8日は私達兄妹を産んでくれた母の誕生日だ。 ちなみに、ピエール瀧さんや博多華丸さん、元AKB48の高橋みなみさんも同じ誕生日だそうだ。 うちの母は、もしも生きていれば76歳になっていた。 我が家の風習として、誕生日をお祝いする、ということが全くと…

進学

私達兄妹は、偶然にも同じ高校を卒業した。 商業高校だった。 その後の進路はというと、二人共就職を選んだ。選ばざるを得なかったといったらいいだろうか。 私は進学したかった。音大に行って、演奏家として活躍したかった。 以前私は兄にこんな事を聞いた…

3月

今日は3月の最終日である31日。 3月、というと 年度末とか、卒業とか、そんなイメージがあるかもしれない。 私にとって3月は、鬼門とも言うべき月になってしまった。 今年の3月はとっても長いような気がして。 兄が亡くなって1年、今は1月に母も亡くなった。…

ヌードマン

兄の葬儀の時、高校の担任の先生から数枚の写真を頂いた。 浴衣姿の男子が集まった、記念の写真だ。 その中に一際目立つ男子が見えた。 上半身裸でいるではないか。 私の兄である。びっくりした。 兄は呑むとよく裸になる癖があったらしい。 クラスの中でも…

64(ロクヨン)

兄がこんなことを言っていた。 「映画の方はさぁ、佐藤浩市かっこよすぎるからなぁ。見る気がしないなぁ。」 私もNHKでやっていた64(昭和64年に時効を間近に控えた未解決事件を解決するというようなドラマ。)を見ていたので、兄のこの意見も分かる気がした…

コンバース

どれだけ前の話だろうか。私が高校の頃だろうか? 兄と一緒に、(友達もいただろうか?)上野に行ったことがある。 原宿から渋谷まで歩いて行ったこともある。 向かった先は靴屋さん。 兄がみたいと言って入ったのかな? 私もついでに靴をいろいろみていた。…