四十九日法要
5月3日、この日を迎えた。
亡くなった方が無事に仏様になったといういわば区切りの日。
私は何だか朝から急に悲しくなってしまって涙が止まらずにいた。
ちょっと早い始まりだったので私も早めに起きてご飯を食べ、メイクをし。
(眉毛のみでしたけど)
不思議なもので眉毛だけでもキリッとすると気合がちがう。気分も違う。
実家について早めにお寺に行くとすでに母方の従姉妹が。
「遅れちゃかなわないと思って早めに着いちゃった。」
このいとこちゃん、3人の子供のお母さんで、上の娘さんがキャバ嬢になりたい、とかいってたw
それを許しているいとこちゃんもなかなかだw
(その昔、歩行者天国で踊っていたファンキーな一面も。私の大好きないとこちゃんです。)
母方の親戚で、埼玉に住んでいる一家がいて、その一家も遅刻するかも、なんていう話でしたが
無事に到着していました。よかった。
でもすごい。
あんまりお返しもできないのを分かっていて、それにもかかわらず群馬県沼田市まではるばるやってきてくれるのだから。
ありがたい。本当にありがたい。
母方のおばさんが一人来てくれた。
そのおばさんは母の今の状況を気にしてくれていて、私がお見舞いに行く時、一緒に連れて行って欲しいという。
これもまた嬉しい。頼もしい。
この時期なので母の日をめがけていってみようと思う。
歳のせいか行動がかなり自由なのが私は気になったところ。
父方のいとこちゃんも来てくれた。
実はこのいとこちゃん、兄と一つ共通点があって。
同じ高校の部活が同じだった、というところ。
フィールドホッケーをしていた。私もその高校の卒業生なのだが、顧問の先生は体育の先生で、私は教わることはなかった。
私はフィールドホッケーについて知りたくなった。ホッケーというとアイスホッケー?とよく聞かれることがあるそうだ。
いとこちゃんがどうしてホッケー部に入ったのか。
兄はもともと水泳部に入りたいと言っていたけど、先生が厳しいと言われそこで断念
(理由ねw)
しかし先輩に誘われてホイとホッケー部に。しかしホッケーも厳しかったとか。
(残念(T ^ T))
それから兄の親友と呼べるほどの友達が5人も。
あんまり声はかけずにしていました。拝みに行きたい、と問い合わせをくれる友達がいて。
本当に兄は友達に恵まれてました。すごい人でした。愛されてました。
ってことは愛してたんだろうな。愛すべき人だったんだろうな。
法要のあとは、
埼玉からきた親戚がいたので、せっかくなので望郷の湯の中にあるレストランでお昼を。
私たち親子は天ざるそばを食べました。
みんなはそれぞれ好きなものを食べました。
母親の親戚は集まるといろいろみんな話しだす。
それが自然とできる親戚。
何年かぶりにあったとしても。私はそんないとこや親戚が大好きです。